感謝したい映画やドラマたち

今まで数々の映画やドラマを観てきた。「おもしろ!」と感じるものもたくさんあったけど、その一段上をいくのが「作ってくれてありがとう」という感情である。「この作品に出会えてよかった」と思えるものがいくつかある。

いまはそもそもDVDプレイヤーを持っていないからDVDを買うことはないが、昔は感謝するくらい素晴らしいと感じた作品はDVDを買っていた。

それらを、今ぱっと浮かぶ範囲であげてみる。特に深く考えずに「ぱっと浮かぶ」というのも、条件な気がする。

GANTZ:O(2016)

これは最近見た映画。以前、別で感想も書いた。圧倒的に実写ものを見る傾向があるから、「CG」ということでなかなか見なかったが、CGのクオリティ、モンスターの多様さ、仲間や家族との絆、不条理下の戦いなど、素晴らしいところばかり。数年前であれば即DVDを買っていた。

原作漫画で人気の大阪編が舞台ということで、登場人物が関西弁というのも、また良い雰囲気がでている。ラスボスのぬらりひょんに続いて、おそらく2番目に強いであろう天狗との戦闘シーンから様子が変わり、面白くなってくるのだが、ここをもう8回くらいは見ている。

天狗との戦闘時、「おいおい、まだ生きとおやんか」「うすーく、紙になってまえ」といったセリフがあるのだが、これが東京弁で「まだ生きてるのかよ」「うすーく、紙になれ」だと雰囲気が変わる。

この映画は、自分が「がんばりたい」と思っているときに観ると勇気をもらえる。

Paris(2008)

パリで暮らす人々の日常を描いた映画で、わりと淡々としている。そのせいか1回目は寝てしまったのだが、2回目で「ちょまって、この映画いいぞ」となった。

別々の場所での人々の日常が、少しずつ重なってくる流れになっているのだが、「日常を描いている」とはいっても、それぞれの人物にめっちゃ嬉しい出来事、めっちゃ悲しい出来事が起こる。

これはある意味で「劇的」とも表現できるのだけど、と同時に「日常」だと思う。日々生きていると、うれしいことも悲しいことも起こる。そうやってみんな日々を過ごしている。「日常」は「常な日」という意味合いがありそうだけど、これは「平凡」という意味ではない。生きていると、いろいろなことが起こる。

そんなパリの人々の日常が描かれている映画。ぼくはこの映画をみると、日常の大切さを思い出す。当たり前のことは、実は当たり前じゃない。これは、特別版DVDとサントラCDを持っている。

夢のカリフォルニア(2002)

こちらはドラマ。以前、記事で触れた。映画『Paris』に通じるところがあって、ストーリーはどちらかというと単調、「リアリティがある」と言ったほうがいいかもしれない。

モデル、OL、大学生の3人が自分探しをするような内容ではあるが、主人公の山崎終(堂本剛)がぼくと似ているようで、見ていて共感の連続。周りから見るとフワフワしているが、実はいろいろなことを考えて、責任感(マジメ)もある。そんなところが似ている気がする。父親がリストラされて主人公のバイト先で働きはじめる流れなんか、妙にリアルというか、3人で働く光景が楽しそうでさえある。

このドラマは、主人公のこんな言葉で締めくくられる。

「この先、良いことなんて無いんだ」という孝平の問いかけに、答えは出せていないのかもしれない。でも、ぼくは最近こう思う。この先、確かに良いことなんて無いのかもしれない。

でもぼくは、それを確かめたい。自分の目で、最後までそれを確かめたい。痛い思いをたくさん、これからもするのかもしれないけど、痛いのは生きてる証拠だし。それに、やっぱりぼくは信じたい。きっと、世界は愛に満ちてるはずだと。

ドラマ『夢のカリフォルニア』最終話の山崎終のセリフ

「良いことはきっとある」とポジティブ転換するのではなく、それを自分なりに消化して受け入れた上で、それでも前に進もうとする山崎終の静かな勇気を感じる。

ぼくはこのドラマを見ると、「今の自分でいいんだ」と思うし、と同時に前に進む勇気をもらえる。人生で初めてDVD BOXを買った。

The OA(2016)

ネトフリのオリジナルドラマで、とても残念なのはシーズン2で打ち切りになってしまった点。今までに見たドラマで一番好き。このドラマで「滑稽と神秘は紙一重」だと知った。

ドラマで登場人物がダンスを踊るシーンがあるのだが、これがなかなかのインパクト。みる状況次第では笑ってしまいそうな個性がある。でもドラマの流れでみると、泣きそうになる。滑稽なものは紙一重で神秘的になり、逆もそうなんだなと思った。

フラッシュモブでドラマのダンスをしている動画

あと、このドラマを見て、目が見えない人の生活を知りたくなり、自分で目を閉じて30分過ごしてみたり、本を読んだ。

幼少期を盲目で過ごした主人公が失踪してしまい、帰ってくるとなぜか目が見えるようになっているのだが、親と再会するとき、その親を認識するときに顔を触る。ビジュアルの親を見てきていないから、病室にきた親をみて「この人たち誰なの?」と怯える。顔を触ってはじめて「あぁ…」と理解する。実家に戻ったときも、目が見えるのに周辺を触っては「あぁ、帰ってきた」と懐かしむ。この見せ方が素晴らしかった。

打ち切りになってしまったのがほんとうに残念だけど、このドラマはエンタメ的に見る作品としては、ぼくの中では殿堂入りである。

「良い」ってなんなのか

他にもあるかもしれないないけど、今ぱっと浮かんだ4本を紹介してみた。映画やドラマに限らず、コンテンツを消費するときに「良いなぁ!」と感じる理由の要素には、その作品自体の質以外にもいろいろと要素があると思う。

その作品に出会ったとき、自分の人生はどんな状態で、どんな精神状態だったのか、それによっても作品の印象は大きく変わる。もちろん、その人の性格や好みだってある。だから他人に作品をすすめるのは難しい。

こうやって振り返ってみると、この4作品とは、しかるべきタイミングで出会えたことも大きかったかも。もっと言えば、「微妙だったなぁ」と感じた作品を数年後に見返したら「こんなに素晴らしかったのか」と味がわかるようになるかもしれない。

yoshikazu eri

当サイトの運営人。大阪生まれ千葉育ちの87年生まれ。好奇心旺盛の飽き性。昔は国語が苦手だったが『海辺のカフカ』を2日間で読破した日から読書好きに。気づいたら2時間散歩している。

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