歩いて15分ほどの書店に、たまに行くことがある。普段は、電車で数駅はなれた大型書店にいくのだけど、電車に乗るのが面倒なとき、歩いてとなり駅にでかける。「まぁ、運動にもなるし」と昨日その書店にいってきた。
だいたいのジャンルを満遍なく取り揃えたその中型書店にて、文庫コーナーをうろつく。新潮文庫、角川文庫と目線を動かして探してみたが、お目当ての本はないようだった。また今度、大きな書店にいったときにでも探そう、とエスカレーターでゆっくり下る。
施設をでて、ゆるやかな下り坂をあるく帰り道、右側には自動車販売店が見えてくる。そこに、グレーのつなぎのユニフォームをきたお兄さんが、箒をもって立っている。見かけたのは、3回目だった。
その箒は、20cmほど前後にゆっくりゆれているが、落ち葉やゴミをはいている様子はない。そこにそんなものはないのに、お兄さんは一定のリズムで動かしている。1回目もそうだったし、2回目も、今回もそうだった。そのお兄さんはいつも、箒で空気をはいている。
そのときの時間は、午後4時くらい。だいたい、これくらいの時間な気がする。「昼過ぎ」というには遅いし、「夕方」というにはちょっと早い時間帯である。
お兄さんの横を通り過ぎようとしているとき、目の前に街路樹の影を見つけた。日差しがいたい。ぼくはそこに避難する。
「それ、なにをはいてるんですか?」
「ゴミ、ないですよね?」
「暇なんですか?」
どう声をかけようか、言葉が脳内に浮かび出す。なかなか挑発的だ。
「おつかれさまです。今日も暑いですね」
こういう一言からはじめるのが無難だろう。その次に、本題だ。
「前から思ってたんですけど、お兄さんそれ、空気はいてません?ゴミないですよ。」
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そんな会話をする勇気はない。というか、どうがんばっても挑発的になってしまい、万が一声をかけたとしても「おつかれさまです。暑いですね」で終わる気がする。その先の会話をする勇気が、ぼくにはない。
お兄さんは箒で空気をはいている理由を、どんなふうに答えるのだろうか。「ええ、まあ」とにごすだろうか。もしかしたら、30分という決まった時間に清掃業務をおこなっているだけで、たいしてゴミがないから15分で終わってしまい、その後半戦の光景ということかもしれない。
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「いやね、ここから見る夕日が綺麗なんです。この位置がいいんです。それを見るために、清掃という理由を持ち込んで、ただ箒を動かしているだけです。午後4時以降は、あまりやることがないですしね。」
ふとロマンチックな回答が浮かぶ。ぼくは「そうだったんですね」と会話を終え、邪魔しないように立ち去る。「いいですね、それ」と肯定感を加えることを忘れたことに後悔しながら。
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妄想を終え、声をかける代わりにスマホを取り出す。メモを打ち込む。
自動車販売店前の掃除お兄さん、いつも空気をほうきではいてる。周りを気にしてる。夕方頃、暗くなる前くらい。
明日の書くネタを見つけたぼくは、日陰から出て、日差しのなかに戻る。「夕食はカレーだな。昨日のが残ってる。」とぼくの思考はもう切り替わっている。
そういえば、そのお兄さんはみたところ、40代か50代くらいに見えた。おじさん、スタッフと他の呼び名もあったのに「お兄さん」としたのは、なんだかその光景がほほえましく見えたのもあったかのもしれない。箒は英語でbroomだ。rを伸ばしてlに変えると、bloomになる。その意味は「開花」である。
※サムネはUnsplashより
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