土管のある公園

古本屋の帰りに、ちょっと寄り道をしてみたのが、この公園である。土管があった。今では珍しい類かもしれない。

「公園」「土管」のキーワードで浮かぶのが、やっぱりドラえもんである。空き地に、ぽつんと積み上がった3つの土管。そんな感じだったと記憶している。


「なんで土管は減ったんだろう?」と調べてみたら、情報がでてきた。どうやら、昭和の高度経済成長期に「遊具」としてではなく「保管」を目的として空き地に置かれていたそう。

発展途中の町には空き地も数多くあり、そこに一時的に保管する資材として、土管がよく置かれていたのです。もちろん空き地となると子どもたちの格好の遊び場。現代よりも子供の数も多かったため、公園だけでは子供の遊び場は足りなかったのです。

また現代より土地の管理などもしっかりしていなかっため、そのような場所に子どもが入り込み、土管を椅子代わり、隠れ場所代わりの秘密基地にして遊んでいたのです。

「空き地に土管は何故あった?」より引用

そもそも「公園」「土管」ではなく「空き地」「土管」の組み合わせだったらしい。土管が遊具になったのは結果論であって、単に広いスペース(空き地)を活用して保管していただけだったと。

全面グリーンの広い公園に、ぽつんと土管山

なぜ土管が減ったのか?の理由にはいろいろあるらしい。そもそも空き地が減ったとか(今はまた増えてる?)、土管が崩れたら危ないとか。あと遊具としての機能も乏しいんだろうなぁと思う。単なるでかい筒だから。


でも今回の公園を見てみると、土管が埋もれてちょっとした山になっているではないか。これは保管目的で置かれたようには見えない。むしろ遊具として置かれている印象がある。子供達は山をのぼったり、土管を通ったりできる。

前日の雨で内部には水がたまっていた。土管自体は単なるコンクリートの筒という感じである。

この公園には他にもちょっとした遊具があったから、この土管も遊具のひとつとして設置されたのではないか。設計者は「昭和の懐かしさも取り入れたい」とでも思ったのだろうか。ふむ。

ただ、素人目からするとこの土管、土と草の重みでいつか崩れるのではないか?と見えたりもする。土管だけよりも崩れる確率が高そうである。そういう意味では、子供の遊具としてはハイリスクにも映る。

目が疲れている、オール明けのパンダ

公園自体はそこそこ広かった。大型とまでは言わないが、グーグルマップに緑エリアとして表示されるくらいの広さはある。鉄棒、滑り台、ベンチもあり、個人的には好みではあった。


最近のガジェットは「今回の新機能は〜」と機能重視で、最近の公園の遊具もそんな感じなのかもしれない。でも土管は、ただそこにあるだけ。「使い方は、あなた次第」とでも言われているようである。

日本ではもう土管は減る一方の遊具であると思うけど、なんか素朴というか、魅力がある。閉所恐怖症だから、中に入る勇気はないが…

yoshikazu eri

当サイトの運営人。大阪生まれ千葉育ちの87年生まれ。好奇心旺盛の飽き性。昔は国語が苦手だったが『海辺のカフカ』を2日間で読破した日から読書好きに。気づいたら2時間散歩している。

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