自分、自然、週報、ぼくたち

昨夜はかなり雪がふった。窓を開けると真っ白で、街灯に照らされて降る雪が綺麗だった。

今朝は、びちゃびちゃ雪。普通の靴で出勤しようかとそのまま出発したものの、途中で忘れ物に気づき、戻ったついでにブーツに履き替えた。紙袋に別で仕事用の靴を入れるのが面倒だったけど、CAMPERのブーツである。唯一「好きな靴のブランドは」と聞かれたときに答えるやつ。ちょいと気分がいいから、いいのである。靴底はあのミシュランである。えっへん。

Re: 棚ぼたスロープ

夜になると、みんな活動停止してくれるから、静けさとともの「おれだけの音の時間」になる。自分が動かしたもの反応した音しか起きない。それがなんか好きだったようで、今だって起きてる理由はほとんどそれに尽きる。

おれも同じ理由で、早起きしていると気づいた。起きている時間が深夜であれ、早朝であれ、「静けさ」と「自分の時間」が合わさる空間があるのかもしれない。おれの場合は、たまたま朝に強いから早起きを選んでいるだけである。

夜更かしか早起きか、どっちがいいか、と聞かれたら「早起きです」と即答するが、唯一しづらくて困っているのは夜の散歩である。夜の散歩は、いい。匂いがいい。静かで、夜の匂いがして、真夏の夜の散歩なんてすずしくて桃源郷である。いまは「もう寝るだけだ」状態になるのは夜8時くらいだから、布団に入るまでの1時間を散歩に費やすのにちょっと気合いがいる。だいたい、桃鉄かゲームか個人プロジェクトの作業をしている。理想は、読書しながらの寝落ち。

無意識でも小さいことでも自分で「決めた」ことがいつの間にかなにかを型どり結晶化していく。じわじわ気づかず水面下で進んでいってくれている、AIが代わりにやってくれてるみたいに。それってええやん。

この発想はいいねえ。みんな独自AIを自分で持ってるし、それが気づかない間になにかしらの作用を生み出していたりするのだろう。自分がしている行動をぜんぶ説明できる人なんて(おそらく)いなくて、そこには蓄積されたカオスがうずまいていて、大小あれど、そのカオスがなにかを常に弾き出している。自分のなかの計算機、自然。

自分の中は自然である。自然は理解できない。ゆえに自分の中は理解できない。かもしれないが果たしてブツブツブツブツ…

— 🌙 —

個人プロジェクトの腰が重たくなってきたと前に書いたけど、すこし腰がほぐれてきた。また動き出した。とはいっても「やるぞ」ではない。平熱であることは変わらない。ちょいと微熱になったりもするけど。

なんとなく、いまの自分の「暮らし」と「プロジェクト作業」がちょっと混ざり合ってきている感覚がある。この辺はあえて言語化しようとはしていない。まあ、なんとなくやっている。なんとなく、進んでいる。なんだか進んでいる。わるくない。いいじゃん。それでいい。

今日思いついたから習慣化するかは謎だが、「週報」をやろうと思っている。個人プロジェクトを進めるために、微小の「進んでいる」と感じるために、仕事用の日記を書くみたいな感じだ。長期目線で取り組んだほうがいいプロジェクトではあるから、”棚ぼたスロープ”に出くわすために「週報」はちょうどいいのではないかとふと思った。

名前も「週報」だ。ここを「ウィークリーレポート」とか「週間考察」とかカッコつけてはいけない。「週報」でいい。週報、ぜんぜん魅力を感じない。「え!?それ書きたい!」なんて思わない。1週間の報告だから週報である。それ以上でもそれ以下でもない。平熱ネーミングである。

いままで「情熱」は目指したい対象だったが、これからはボーナス的な存在になるだろう。情熱が見つかったら、それはたいそう嬉しいことである。でも、見つからなくても平気になってきているような気がしている。

p.s. 星新一のドラマがあるのか。知らなかった。とりあえずウォッチリストに入れておいた。そういえば、自宅に小説がどんと増えたから、これから小説を読む時間が増えてきそう。まだ『ボッコちゃん』は読み終わってなかったから、また読みたくなった。

そういえば最近『きみのお金は誰のため』を読んだ。よく書店で平積みされていて気にはなっていたが『さみしい夜にはペンを持て』と同じような感じで、買うまでにはいたっていなかった。社会のしくみ、お金の謎を小説形式で追うことができる。印象的だったのは、"ぼくたち" "わたしたち"の大きさかなあ。

宮台さんの『14歳からの社会学』『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』でも触れられていたけど、"ぼくたち" "わたしたち"の範囲が家族、友人、パートナーに限らず、どれだけ広いかで、その想像力がどれだけあるかどうかで、暮らしの景色ってだいぶ変わるのだなあと改めて思った。

ふと、ミスチルの「彩り」って曲の「なんてことのない作業が この世界を回り回って 何処かの誰も知らない人の笑い声を作ってゆく」という歌詞を思い出した。

yoshikazu eri

当サイトの運営人。大阪生まれ千葉育ちの87年生まれ。好奇心旺盛の飽き性。昔は国語が苦手だったが『海辺のカフカ』を2日間で読破した日から読書好きに。気づいたら2時間散歩している。

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