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	<description>江里祥和の個人サイト</description>
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		<title>フローと時間帯</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshikazu eri]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Apr 2023 23:09:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[考え事]]></category>
		<category><![CDATA[コンテンツ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>１日の流れのなかで、人それぞれ気分の波というのがあるのかもしれない。朝起きたとき、お昼前、昼食後、夕方、日没後、夕食前、寝る前の気分。 「気分」というのが適切な言葉かわからないけど、そうだな、「心の形」としておこう。エド&#8230;</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>１日の流れのなかで、人それぞれ気分の波というのがあるのかもしれない。朝起きたとき、お昼前、昼食後、夕方、日没後、夕食前、寝る前の気分。</p>



<p>「気分」というのが適切な言葉かわからないけど、そうだな、「心の形」としておこう。エド・シーランで「Shape of You」って曲があったっけな。関係ないけど、ん、関係あるのか。まぁいい。</p>



<p>というのも、昨夜の夕食後、夜９時くらいだろうか、なんとなくBlenderを触りはじめたら、気づくと11時近くになっていた。お昼にも触っていたのだけど、なんだか気分が乗らなかったのに。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>ぼくにとってのクリエイティブな時間は、夕食後なのだろうか。</p>



<p>うーん、でもこうやって文章を書くのは朝がいい。そこには「書いて、吐き出して、スカっと１日をはじめたい」という、朝のジャンプスタート的な意味合いがあるのだと思う。</p>



<p>じゃあ夜は、どんな気分なんだろうか。</p>



<p>まず、僕は朝にかるーく食べて、夜にいっぱい食べるから、ほぼ１日１食みたいな生活だ。お腹いっぱい食べるとエネルギーが消化に持っていかれて、なんにもしたくなくなる。それは避けたい。なんにもしたくない気分になっていいのは寝る前くらいだ、という感じである。</p>



<p>言ってしまえば、この「どうでもいい」気分のタイミングでBlenderを触ったのだけど、これがよかったのだろうか。</p>



<p>考えてみると、午前中や午後以降は「いま何時だ」と時間を気にして過ごすことが多い気がする。でも、夕食後はそんなことはない。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>「あ、もうこんな時間だ」というのは、そうだな「こんな時間だ現象」とでも言っていこう、ある意味でフロー状態であり、クリエイティブな時間としてはなかなかの理想である。時間を忘れての創作、すばらしい。</p>



<p>これに近い状態に昨夜なったから、ふと「夜の作業はいいかもしれんぞ」と。</p>



<p>他にも要素はありそうで、昨夜は一服していたときに「Blenderやるか」と思いつき、そのままPCに向かったから、この欲求に逆らわずに行動したのもよかったのかも。ここで「そろそろ寝る時間だ」と理性が働いていたら、また違っていた。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>こんな感じで、この作業はこの時間帯にやるといい、みたいな自分なりの方程式を探ってみてもよいなと思った。</p>



<p>その場で「やりたい！」と欲求が生まれたときは、そのままやるのがいいんだろうけど、「毎日やりたいな」という一種の義務感を抱えた上での行動もあったりする。やらなくてもいいけど、やりたいやつ。この種の欲求の塩梅はなかなか難しい。</p>



<p>こういうのには、やるのに適した時間帯というのがあるのかもしれない。</p>



<p>というか「こんな時間だ現象」と名づけておいて、文中で１回しか使わずに終わったじゃないか。なんの名づけだったのか。</p>



<p>※サムネはBlenderにて制作。タイトルは「pigサムライ」</p><p>The post <a href="https://yeri.me/flow-timing/">フローと時間帯</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>無駄、ワクワク、鍛錬</title>
		<link>https://yeri.me/useless-excite-training/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshikazu eri]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 16 Apr 2023 23:25:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[考え事]]></category>
		<category><![CDATA[コンテンツ]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>６時過ぎに起きて、顔を洗って、早々に公園へ行く。紀里谷和明監督が昨夜ツイッターで映画『世界の終わりから』の語り合いスペースを開いていたのを思いだして、それを聴きながら、いつもの公園の光景を眺める。 「音と映像は映画作りで&#8230;</p>
<p>The post <a href="https://yeri.me/useless-excite-training/">無駄、ワクワク、鍛錬</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>６時過ぎに起きて、顔を洗って、早々に公園へ行く。紀里谷和明監督が昨夜ツイッターで映画『世界の終わりから』の語り合いスペースを開いていたのを思いだして、それを聴きながら、いつもの公園の光景を眺める。</p>



<p>「音と映像は映画作りでは50%、50%なんです」という言葉が印象的だったり、パンフレット冊子付きのDVD販売の話にワクワクしたりしながら、目の前の公園の日陰が目線に入り、ふとBlenderを思い出す。日々の光景にBlenderが重なりつつある。</p>



<p>「今日は何を書こうか」ということも頭の片隅に入れつつ、１時間ほどで自宅へと戻り、こうして文字を打ち込んでいる。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>AIによって稼げる仕事からなくなっていくとか、知的生産系の仕事が影響を受けるとか、最近そういう内容の動画がフィードに流れてくる。自分が今までやってきたこと、これからやりたいと考えていることは大きな影響を今後受けることになるかもしれない。</p>



<p>ただ、テキストであったり、動画であったり、3Dであったり、そうしたクリエイティブなコトをAIがやるとプロセスをすっ飛ばして「たたーん！」と完成物だけ差し出してくるのは、どうも寂しい気がする。これは、紀里谷和明監督が今回の映画で「手垢を残すようにしてくれ」という指針で編集していたのとつながるのかもしれない。</p>



<p>ぼくは日々迷い、ワクワクしては、あれをやってはこれをやる。そこにつながりはあるのかと言われると&#8221;自分がやっている&#8221;というくらいのつながりはありそうだけど、無駄だってあるかもしれない。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>ふと「無駄」の語源を調べてみたら、「馬に荷物を乗せずに移動すること」と出てきた。それだとお金が稼げないからという。「駄」は荷物を乗せる馬のことを指すらしい。</p>



<p>お金が稼げないことは全て無駄なんだろうか。馬だって休みたい。「なんでおれは人間のために働くなくちゃいけないんだ」って思っていたかもしれない。荷物を乗せないことはある意味で馬の&#8221;労働力&#8221;を有効活用できていないから。なんて資本主義な。そうか、馬は資本か。</p>



<p>じゃあ、お金稼ぎにつながらないクリエイティブなことは無駄なんだろうか。当の本人が楽しんでいりゃいいじゃんとも思う。無駄かどうかというのは、外野が当て込む言葉であることが多いのかもしれない。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>そんなことを考えながら（考えていたらしい）、最近Blenderを触っている。ソフトをただいじってるときは楽しいし、「こんなことをしたい」と思ったときはチュートリアルを探してみる。</p>



<p>そしてそのとき、頭に「勉強」という文字が浮かび、モチベの塊が波打ちながら動いているのを感じる。自分の欲求を追うのは大事だけど、日々の鍛錬（チュートリアル）も新しい光景を見るために必要ではある。</p>



<p>自分にとっての「ワクワク：鍛錬」の心地よい比率はどれくらいなのだろう。ここはまだよくわからないが、自分の欲求のフローというものに敏感であることは大事なのかもしれない。</p>



<p>「これはどういうことだ」と理性をはさみ込むことでモチベを抑え込むかもしれないし、ときには「えいや」と直感的にやってみることが、自分を驚かすことにつながるのかもしれない。</p>



<p>※サムネはBlenderにて制作。タイトルは「ハリネズミ工場」</p><p>The post <a href="https://yeri.me/useless-excite-training/">無駄、ワクワク、鍛錬</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>見透かしと濃度</title>
		<link>https://yeri.me/misukashinoudo/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshikazu eri]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Apr 2023 07:19:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[考え事]]></category>
		<category><![CDATA[コンテンツ]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>『アーミー・オブ・シーブス』というネトフリ制作の映画がある。ネタバレする気もなければ映画のレビューをするつもりもないのだけど、この映画で「そうそう、数字って多けりゃいいってもんじゃないよな」と改めて感じるシーンがある。 &#8230;</p>
<p>The post <a href="https://yeri.me/misukashinoudo/">見透かしと濃度</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>『アーミー・オブ・シーブス』というネトフリ制作の映画がある。ネタバレする気もなければ映画のレビューをするつもりもないのだけど、この映画で「そうそう、数字って多けりゃいいってもんじゃないよな」と改めて感じるシーンがある。</p>



<p>あ、ちょいとあらすじっぽい紹介にもなっちゃうんだけど、主人公は会社員として働いている設定で、それなりに仕事にも不満を感じている平凡な男性という感じ。ただ、彼は「鍵師」でもあり、幼い頃から金庫の鍵を開けることに夢中であった。</p>



<p>そんな彼は、尊敬する鍵師のバックストーリーや、それに対する熱意をYoutubeにアップしている。動画の最後にちゃっかり「いいねとチャンネル登録もお願いしますね！」と言っているところも親近感があり、なんかほんと「趣味でYoutubeをやっている会社員」という印象を受ける。</p>



<p>そんである日、動画の視聴回数が「１」になり、彼は驚く。しかもコメントつき。「いやいや、視聴回数ゼロだったんかい」と思ったかもしれないが、そうである。それが「１」になったときの彼の喜びといったら。</p>



<p>もしこれが映画の世界でなかったら、想像できる未来の話は、これが５、10、50、100と増えていく、みたいな感じ。登録者100人！ついに1000人！まさかの１万人！奇跡の10万人！夢の100万人！ふんぞりかえる1000万人！地球もひっくりかえる１億人！みたいなロードマップだろうか。</p>



<p>でも、この映画ではそうはならない。</p>



<p>鍵師の腕を見込まれた主人公は、強盗のメンバーに招待される。内容はさておき（まぁ映画ですしね）、たった１の再生がとんでもない出会いを生んだ。</p>



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<div class="flex-video widescreen youtube"><iframe title="『アーミー・オブ・シーブズ』オフィシャル予告編 - Netflix" width="1170" height="658" src="https://www.youtube.com/embed/gJXLH4qOkwI?feature=oembed&#038;showinfo=0&#038;rel=0&#038;modestbranding=1" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div></figure>



<p></p>



<p>いまの話は抜きにして、僕はこの映画が好きで２回観ているのだけど、ふと考えてみると、なかなか印象的なシーンがあるじゃあないか、と思い、書いてみた。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>数年前、まだYoutubeの登録者が100人も満たない頃、その数値が10、20、30と増えていくごとに「いま２世帯の家族が見てくれてる」「そろそろ学校のクラス１つ分だぞ」「おいおい、もう体育館じゃないと入りきらないんじゃないか」みたいに考えて、モチベを保っていた。</p>



<p>数字の向こうに生身の人間がいるのだ、そんな当たり前のことが、スマホやパソコンの画面を通すとものすごくわかりづらくなる気がする。量は教えてくれるけど、質は教えてくれない。</p>



<p>これは自分で探らないといけなくて、プラットフォーム側はあんまり教えてくれない。</p>



<p>例えば、実際にコメントをもらったり、会ったりすると、その人の熱意を感じることができ、それが数字の&#8221;濃度&#8221;という理解にもつながったりするけど、いやいやもしかしたら、「めっちゃ面白い！」って思ってくれてるけど、忙しくて「いいね」しか押せてない人もいるかもしれない。</p>



<p>他にもSuper Chatみたいな投げ銭でのサポートもある。ただ、これもありがたいと感じつつ、結局は金銭という数値に変換されてしまい、その人のほんとうの熱意の伝達とはまた違うのではないか、とも思ったり。</p>



<p>なにがいいたいかというと、コンテンツ発信者が視聴者の&#8221;熱意&#8221;を想像するのは、すこぶるむずかしい、ということなんじゃないかなと思う。たぶん。</p>



<p>もしかしたら「僕はこのYoutuberが大好きだから、広告は絶対にスキップしないで見てあげるんだ」という人もいるのかもしれない。</p>



<p class="has-text-align-center">&#8212; <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/2615.png" alt="☕" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /> &#8212;</p>



<p>逆をいうと、熱意を持たない、いわば魂の入っていない発信は、相手に見透かされる気だってする。「いまこれがトレンドだから、こうしたら見られるんじゃないか」という下心でつくって、結果たくさん見られたとしても、じゃあ一体その数字の&#8221;濃度&#8221;はどうなっているんだろうか。</p>



<p>ここのところは、なかなーか想像がむずかしい。</p>



<p>いや、実際のところ、これを感じ取るための仕組みはいろいろとできているとは思うんだ。生配信（ライヴ）だったら、もっと熱意を感じやすいだろうし、閉じた場所としてのコミュニティでもそう。</p>



<p>それでも気づくと「数字」「すうじ」「スウジ」「SUJI」というわかりやすい看板に目がいってしまって、それが答えかのように振る舞ってしまう自分の脳があったりもする。「いやいや、違うだろ」と言い聞かせながらも、気づくと「数字」が目の前にある。</p>



<p>数字を追うことは全然わるいことではないけど、そのコンテンツに自分の魂は入っているんだろうか。そんな「気合いだ！」みたいなレベルである必要は全然ないんだけど、「これが私の一部です」と胸を張って言えるような、そんなコンテンツになっているだろうか。</p>



<p>魂がこもっていれば、自分にとってもやり続ける意味が生まれるし、うまくいかなかったとしてもやった意味だって生まれる。そして魂がこもっていれば、それを正面から受け取る人だってきっといつか現れる。</p>



<p class="has-text-align-center">・・・</p>



<p>なんかちょいと重量感のある内容になってしまった。こんなことを思ったり、思わなかったり。</p>



<p>とりあえず、夕食の準備はじめます。</p>



<p>※サムネはBlenderにて適当に制作。タイトルは「キノビル」</p><p>The post <a href="https://yeri.me/misukashinoudo/">見透かしと濃度</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>思考のウォーキング</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshikazu eri]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 05 Apr 2023 02:05:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[交換日記]]></category>
		<category><![CDATA[コンテンツ]]></category>
		<category><![CDATA[メンタル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>友人と交換日記をすることになった。とてもワクワクする。「書かなきゃ」と思いつつ実際書こうとすると脳が汗をかいて「う〜ん」と３回くらいうなってキーボード上の手が止まってしまっていた自分だったから。書く理由があるというのは、&#8230;</p>
<p>The post <a href="https://yeri.me/thoghts-walking/">思考のウォーキング</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>友人と交換日記をすることになった。とてもワクワクする。「書かなきゃ」と思いつつ実際書こうとすると脳が汗をかいて「う〜ん」と３回くらいうなってキーボード上の手が止まってしまっていた自分だったから。書く理由があるというのは、すばらしい。</p>



<p class="has-text-align-center">・・・</p>



<p>３月上旬に退職して、あれからもうすぐ１ヶ月が経つ。10年ぶりの会社員生活で、最終的に１年と３ヶ月も働くことができたのは、自分でもびっくりしている。「会社員ってどんな感じだっけ？」とか「組織の中で動画制作するとは」という側面において、濃すぎる学びの日々だった。</p>



<p>いまは、ぼーっともしていないし、焦ってもいない。「毎日貯金を食い潰しながら」なんて表現を使うと「おいおい焦ったほうがいいぞ」という声も聞こえてきそうだけど、幸いにも数ヶ月くらいは「うーん」と考える時間があり、「焦ったってよいことないぞ」という声のほうが自分の中では大きい。</p>



<p>そもそも「なんで自分は書きたいんだろう？」と考えてみると、理由は２つある。</p>



<p>１つ目は、考えたいから。ここ最近AIのニュースが目まぐるしいけど、それ以前にTikTokを見る習慣が僕にもここ半年くらいでできたりして、自分の集中力の細切れ感を感じてる。これは「文章はChatGPTに書いてもらえばいいじゃん」という効率の話とか、「いまは動画でしょ」というコンテンツ形式のトレンドの話でもなく、「脳のメンテナンス」に近い話かもしれない。</p>



<p>実際、僕はトレンドを追うのが好きで最近はAI系の動画制作ツールを活用して、ショート動画専門のYoutubeチャンネルを３つ、実験で運営してみたりしている。60秒以下の縦型動画が10分で制作できることに衝撃と不安を覚えたり。</p>



<p>そもそも根底に「自分はいますごく面白い時代に生きてる」という感覚があって、これを味わうためにもトレンドは追って色々とサービスは触ってみたいし、そのほうが自分にとって「おもしろい人生」なんじゃないかって思う。</p>



<p>でも、日々スマホでニュースを読んで、ツイッターをチェックして、<a href="https://artifact.news/" target="_blank" rel="noopener" title="Artifact">Artifact</a>やTikTokで海外のニュースも追っていくと、今までなんどもなんども自分に言い聞かせてきている「情報の波に溺れるな」という言葉が、気づくとどっかいってしまっている。「トレンドを追う」というのは「楽しい人生」にも繋がる気はするんだけど、その副作用がなかなか強者で、気づくとジョギング中にベンチに座ることすら許されないゲームに参加している状態になる。</p>



<p>１つ目の理由の説明が長くなってしまったけど、そういうことで僕は&#8221;書く&#8221;ことでベンチに座りたい。いや、もうそのまま家に帰ってゆっくり考え事をしたい。それくらいのレベルで&#8221;情報&#8221;から距離をとって、ふわふわ漂っている思考の欠片を集めて編んでみて、「おれはいま実際なに考えてるのよ？」だったり「実はこういう無意識があるのか」という気づきだったり、脳のメンテナンスにもつなげたい。自分の頭の中に浮かんでいる言葉たちのウェイト（重さ）を測りたいというのもある気がする。</p>



<p>２つ目は、テキスト、写真、動画というコンテンツ形式を比べたとき、一番の好みがテキストだから。テキストが一番静かな気がする。今まで動画もつくってきて、これはこれで多彩な表現ができて楽しいのだけど、今の時代、テキストコンテンツには癒しさえ感じる。</p>



<p>以前ストレングスファイダーの診断を受けたとき、僕の一番高い強みは「学習欲」だった。「知らないことがある」ってワクワクするし、これからもずっと何かを発見して、学んでいきたいのだけど、そう考えてみると&#8221;考える余白&#8221;があるのもテキストコンテンツだと思う。</p>



<p>写真や動画は情報量が多い分&#8221;豊か&#8221;とも言われるけど、特にTikTokなんて常にレッドブル的なコンテンツを見せられている気がして、僕はジョギングしたいのに「競争しようぜ」と言われている気分になる。その反面、テキストには情報が少ないけど、その&#8221;余白&#8221;は自分の思考でうめることができる。読むペースだって自由だし。</p>



<p>そう考えてみると、ショート動画は短距離走、動画は長距離走、写真はジョギング、テキストはウォーキングくらいの体感的速度の違いがあるのかもしれない。うーぬ、そうだな、テキストはジョギングってよりウォーキングだ。</p>



<p class="has-text-align-center">・・・</p>



<p>という感じで「トレンド追うの疲れた！」「情報の波はやばい」「書くの大事だ」みたいな内容になったけど、結局はバランスですよねぇ。</p>



<p>トレンドも追っかけたいし、そのほうが自分にとっては人生が楽しくなる。と同時に、世の中の情報にふれ続けている結果の自分の思考の変化というものに無自覚にならないように、しっかりとハンドルを握れるように、&#8221;書く&#8221;という行為も大事だよなって。</p>



<p>ということで久しぶりの投稿が1800文字！だらだらと書いてしまった。</p>



<p>この文章をさらに整えて、見出しもつけて、参考になる外部リンクとかつけて、文章も削ぎ落として、みたいなことをやると今のぼくの脳は冷や汗をかきそうな気がするから、最初のスタートはだらだらでいい。</p>



<p>こういう「やっぱ書くの大事だ」みたいなことは今までも定期的にあって、今回もその１つなのだけど、まぁとりあえずはテキストを垂れ流しながら、様子をみましょう。</p>



<p>※サムネは先日Blenderで適当につくったもの</p><p>The post <a href="https://yeri.me/thoghts-walking/">思考のウォーキング</a> first appeared on <a href="https://yeri.me">yeri.me</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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