2023年、今日が最終出勤日である。朝5時半、ダウンジャケットを着て、ニット帽をかぶり、手袋をして、ベランダにでてぼーっとする。そうそう、朝の公園は調整した。太陽がでていない時間帯の場合、ベランダで済ます。時間も、1時間から30分に短縮した。
目の前には高層マンションが見える。ベランダにでた時点では、全体の20%くらいの部屋の電気がついている。これが、6時になると40%くらいになっている。このマンションの住人の半分は、朝6時には起床するらしい。他のマンションやアパートに比べて多い気もするが、そもそも部屋数が多いのだがら、視覚的に「早起きマンション」だと錯覚するのかもしれない。
今日で仕事納めってやつである。脳内で「うひゃーぴーひゃらぴーひゃらー」と歓喜の音頭が鳴り響く。ちびまる子ちゃんがはじまりそうな雰囲気だが、今朝はなぜか脳内でLOVE PSYCHEDELICOの歌が流れている。音頭が終わると、サイケデリコがフェードインする。
君はまだ全てが想像のstyle
Your Song – LOVE PSYCHEDELICO
花のようなイメージでfly
透明な瞳にスレンダー今宵もqueen
得意げなポーズでsmile
そういえば、書くのは久しぶりだ。今年は100冊の本に出会ったようだと月初に気づいた。ここ1週間、なぜか駆け込むように数冊の本を読んだ。
『2050年を生きる僕らのマニフェスト』
『味つけはせんでええんです』
『食欲人』
土井さんの本で印象的だったのは「慎ましく生きることで、心の豊かさに気づく」という話だった。
西洋の料理に比べて、日本食は見た目がシンプルで、素材の味を引き出すことに重点を置く。だまって食べて、その味をちゃんと探す。すると、思わぬ発見が、味を感じる。
慎ましいの意味は「何事においても謙虚にふるまう様子」とのこと。「慎ましい生活」と聞くと、なぜか貧乏という言葉が近づいてくるのは、ぼくだけだろうか。本来そういう意味ではないのに「慎ましい」と「貧乏」の言葉が、脳内で近距離に配列されている。
実のところ、土井さんの本で「慎ましく」という単語がでてきて、最近の自分の暮らしを思い浮かべていた。毎日同じようなことが起こり、その規則に心地よさを感じ、それを平穏と感じる。そうすると、今まで視界に入らなかったような日常がちがって見える。ハレとケでいうと、ケに心が寄るようになっていく。ケを見つめ直し、そこにハレを見出す。
最近の朝食がそうかもしれない。食パンをトーストにして、オリーブオイルとバルサミコ酢とはちみつでソースをつくり、バターものせる。いつもより5分ほど時間をつかい、朝食に変化をつけている。
毎朝ぼーっとベランダで眺める景色もそうである。通り過ぎる車、高層マンション、夜空、月。毎日ちょっと様子が違う。
そういえば、高層マンションの部屋の電気がつく瞬間を目撃したことがない。だいたい目をそらしてまた見てみると、明るい部屋が増えている。そのままじーと眺めていても、電気がつく瞬間はいっこうに現れない。
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