古書がそうでない本と比べて何が特別かというと、マーケティングから切り離されている点があると思う。どの本が売れてる?どれが話題?誰が書いてる?みたいなバイアスがなくなり、ある意味で世間からはぐれてしまった本のように僕には古書が映っている。
古書がそうでない本と比べて何が特別かというと、マーケティングから切り離されている点があると思う。どの本が売れてる?どれが話題?誰が書いてる?みたいなバイアスがなくなり、ある意味で世間からはぐれてしまった本のように僕には古書が映っている。
そもそも「公園」「土管」ではなく「空き地」「土管」の組み合わせであったらしい。土管が遊具になったのは結果論であって、単に広いスペース(空き地)を活用して保管していただけだったと。
ネトフリで最近リリースされたドラマ『カトラ』(原題:Katla)を見終わった。全8エピソードだが、正直5くらいまでは「これから面白くなるはずだ」と耐えて続けて観た。終盤の7くらいからなかなか面白くなってきた。
今では当たり前の著者のプロフィールがなかったり、表紙の向きが違ったり、表紙カバーがなかったりと、もちろん本の中身に興味があっての買いだったが、それと同じくらい「古本」というパッケージに惹かれた。
面白そうなものを「見つける」こと、やってみて面白さを「見出す」こと、この両者はぜんぜんモチベの仕組みが違う。前者は最初が一番楽しいだろうけど、後者はだんだんと楽しくなってくる。そして今までのぼくは、前者ばかりだった。
本では、好きを仕事にしたいタイプを「適合派」、仕事はやっていくうちに好きになるものと考えるタイプを「成長派」と分類して、調査によると成長派のほうが幸福度が高いそうである。
そもそも人間の脳は職業選びに向いていない、ということが書いてあって、「おお!」とうなった。確かにそうかもしれない。しかも、人間の脳には間違った適職選びをするバグがあるとも言う。
2012年7月、バックパッカー旅中のこと、インドのリシュケシュという街でパンチャカルマという治療コースを受けたときのことだった。このときから、閉所が恐くなった。いわゆる、閉所恐怖症かもしれない。
このサイトが完成してから2週間ほどが経った。レンタルサーバーを契約してワードプレスで自分のためのサイトを立ち上げるのは、5〜6年ぶり。まだまだはじまったばかりでどうなるかわからないが、今のところは「自分の家だなぁ」という感覚があって心地よい。
今まで数々の映画やドラマを観てきた。「おもしろ!」と感じるものもたくさんあったけど、その一段上をいくのが「作ってくれてありがとう」という感情である。「この作品に出会えてよかった」と思えるものがいくつかある。